Chapter 1

しみわたる水
〜ある日曜日の出来事〜


日本人の悪口を言われて、嬉しい人はいないでしょう。インドネシアの人たちも同じです。よく観光ガイドなどを見て、「治安が悪い」とか「観光客はカモにされる」だとか、色々言う人がいます。確かにそう言う人たちもいますが、本当のジャワ人は、とても心の優しくて、人懐っこい人たちなんです。


インドネシアに来て1年半が過ぎたある日曜日のこと、僕は倉庫の棚卸しの手伝いの為に、ジャカルタ郊外の工業団地に向かっていた。年度末の恒例行事なのだが、今年はとにかく人が足りないので担ぎ出されたのだ。土曜日は9時から18時まで必死に働いたが、全体の3分の1も終わっていない。日曜日は、楽しみにしていた久しぶりのゴルフだ。でも、「TARAさん、11時まででもいいですから、助けて下さいよ!!」と言われると断れない。昨日で終わるはずだったのに、今日はゴルフなのに、何で俺までかつぎだされるねん。そう思いながら、倉庫へ向かう連絡バスに乗り込んだ。幸い一緒にゴルフを回るMIさんの好意で、彼が11時に倉庫の外まで迎えに来てくれる。「大丈夫ですよ、TARAさん。どうせゴルフ場にいく途中ですから、ひろっていってあげましょう。」MIさんとの昨日の話を思い出しながら、僕は場違いのゴルフバックを抱えて倉庫へむかうバスに揺られていた。

朝の8時から11時まで死にもの狂いで数えて、ようやく何とか目処が立ってきた。担当者に予定通り話を付けて、何とか放免された。「TARAさん、ゴルフ楽しんできてね!」周りの暖かい声を聞きながら、倉庫を出た。迎えの車が来るまで立っていようかと思ったが、ちょっと暑すぎる。乾季の灼熱の太陽が、ゴルフバックを持つ手を汗ばませる。とにかくどこか涼しいところは、と思った時に1軒のガソリンスタンドが目に入った。ラッキー!邪魔にならない木陰で座って待っていよう。

スタンドでは4人の男が、楽しげに喋りながら、時折やってくる車に給油していた。ジーンズに、スプレーで自分でペイントしたよれよれのTシャツ、歳は全員20歳くらいだろうか?ちょっと見た目は悪そうな奴等だ。恐る恐る、そのうちの一人にインドネシア語で話し掛けてみた。スタンドの陰になってるところで、ちょっと涼ませてもらってもいいかな?ところが向こうは向こうで、原っぱの真ん中を、ゴルフクラブを担ぎながら歩いてくる外国人を見て、ちょっと驚いたようだ。「なぜ?」 いや、友達がこの辺で僕を拾ってくれる事になってるんだ。それまで暑いから、座って待っていたいんだけど。「あ、そう?OKいいよ、いいよ」 ありがとう、といって僕は少し離れたスタンドのオフィスの影に腰を下ろした。助かった。こんな暑い日に炎天下に立ってたら、ゴルフに行く前にバテるところだ。僕の思考は、暑さで既に停止していた。

車は、5分に1台くらいのペースでしかやってこない。そのうちに一人がこっちにやってきて、僕に話し掛けた。「何人だ?」 日本人だよ。 「どれくらいインドネシアにいるんだ?」 そうだなぁ、1年と少しかな。「インドネシア語を話せるんだな」 まあね。でもほんの少しだけだよ。「何故こんなところにいるんだ?」 さっきまでそこの倉庫で働いていたんだけど、もうすぐ友達が車で迎えに来てくれるんだ。そして、ゴルフをしに行くんだよ。「ふーん、そうか。」 それからしばらくは質問攻め。「インドネシアは好きか」「インドネシア人はどう思う?」「バハサはどこで勉強したんだ?」「日本もこれくらい暑いのか?」 等々。色々聞かれて、5分ぐらい話をした。最後に彼は、こう聞いた。「腹は減ってないか?」 ありがとう、まだそんなに空いてないよ。それにしても暑いね。そう言うと、彼は振り返ってオフィスの中に入っていった。

日陰の中でボーッと、焼け付いた道路を見ていた。すると、彼はオフィスから出てきて、にこっと笑って僕に何かを渡した。ふと手を見ると、それは小さなパックに入ったミネラルウォーターだった。「飲みなよ。」 いいよ、別にのど乾いてないから。それにこれ、売りもんだろ?「いいからって」 そう言うと、彼は再び笑いながら僕にその水を渡して、彼の仕事場へ戻っていった。手元に、ミネラルウォーターと小さなストローが残った。

僕は黙って、そのミネラルウォーターを見ていた。見ながら、なぜか目頭が熱くなるのを感じた。彼からすれば、10分前までは会う事すら考えもしなかった、見ず知らずの外国人だ。 しかも金を持ってそうな。 そんな僕にも、彼はまるですごく前から知っている友人のように話してくれる。困っていそうな僕を、助けようとしてくれる。昔日本にあったであろう人の温かさが、ここにはそのまま残っているのだ。僕は、長い間そのミネラルウォーターをじっと眺めていた。そしてゆっくりとストローをさして、時間をかけてその水を飲み干した。

買えば10円ぐらいのミネラルウォーター。それは僕の身体の隅々まで、本当に心地よくしみわたっていった。


非日記系の目次に戻る


TARAのプロフィール ジャカルタ紹介 食生活 ジャカルタに住む ジャカルタは今
TARAの日記 つまのひとりごと らくがき帳 ひぶらんひぶらん 『42度』
びっくり! ホテルゴルフ場案内 もっとインドネシア TARAのお好みリンク FAQ


ホームへ戻る


Copyright (C) 1997 TARA. All rights reserved.
All comments are welcome to
TARA